どうも、へたりあです。
またこのブログ更新が1年以上空いてしまった…(本当にすみません)。
去る4/27(日)に大阪で開催された競技クイズのオープン大会『第25回勝抜杯』に参加してきたので、その振り返りです。
筆者と勝抜杯
筆者が勝抜杯に初めて参加したのは2022年の第22回大会。
正確にはコロナ禍で開催された『リモート勝抜杯』に2020,2021と参加していたが、そこで問題傾向が好きだったのと、そこそこ正解できたのもあって参加した。
その時は筆記81位で初参加・初通過を達成、自分でもまさか筆記を抜けられるとは思わず望外だった。
結果としては1回戦のnotローリングで敗退してしまったが、壇上で2問も正解できた(確か「備中松山城」と「河野太郎」)こともあって、勝抜杯デビューとしては上々だった。
…が、いいイメージを持って大阪に乗り込んだ2023年は筆記で10点ぐらいしか取れない大爆死、リベンジを期して挑んだ2024年はボーダーに2点足りずまたも筆記敗退、懇親会は楽しかったけど2年連続で悔しい思いをした。
今年に向けて
そして今年、過去2年を反省して前向きにクイズと向き合った。
まず苦手意識から避けてきた「Anki」に、今までストックしてきた「筆記クイズで間違えた問題リスト」を片っ端から突っ込んだ。
その数、3000問以上。
そこに、大会や例会で解いた筆記問題で間違えた問題を継ぎ足していった。
それを10のリストに分割してほぼ毎日回した。
また、魑魅魍魎集うシンサクール蒲田の例会には可能な限り参加し、腕を磨いた。
そこに参加している若手メンバーを中心とした新サークル「AlQotts(オルコッツ)」の立ち上げにも参加し、クイズに触れる機会を増やした。
そして今年。
前日は「椿オープン」に参加しようかと迷ったが、迷っているうちにエントリーが締め切られてしまい、折角だからと大阪・関西万博を見学した。
パビリオンの待ち時間で、間違えた問題リストや、学生時代の「abc」前に作成した懐かしいリストも回した。
今年の筆記振り返り(ネタバレ注意)
以下は各問題の自己採点結果と振り返り。
(1)× 前日の「椿オープン」でも出題されたらしい。参加すれば良かったか?
(2)〇 ピーナッツと迷った。ナイス勘。
(3)〇 初代王者だから復活初回でも審査員やってたよな、と。
(4)〇 こうやって問われると不安にはなった。
(5)× 「スーパーフラット」という単語を普通に知らなかった。
(6)〇 ボカロあまり聴かないけど作問したことがあった。
(7)〇 まあ今宮といえば、ね。
(8)〇 動画のタイトルを問う問題文で聞いた記憶があった。
(9)× 世界史弱者なのでお手上げ。
(10)〇 自衛隊員も国家公務員だもんな、と。
(11)× 言われてみれば聞いたことあるような、ないような。
(12)〇 正直最後の羽生善治だけで正解した。
(13)〇 伊達に毎年大学駅伝を追っかけているので。
(14)× 数ヶ月前にサークルで出題されていたらしいが忘れてしまっていた。
(16)〇 『SASUKE』は毎回見ているので。
(17)〇 長崎のスタジアムは行ってみたいんだよな。
(18)〇 四択問題で過去に見た記憶があったのと、1ヶ月前に修行体験で写経したご利益があったかも。
(19)× 初見。
(20)× この問われ方するといつも「4月2日」と誤答してる気がする。
(21)〇 友人がハマっているらしく、よくTLで見かける。
(22)〇 東海道に限らず、全国の新幹線駅前で看板を見かける印象がある。
(23)〇 『刀剣乱舞』はミリ知らだけど、尾上松也が演じるなら有名なやつかな、と。
(24)× ドラクエやったことないので厳しい。
(25)〇 今年1月にBRICS加入したのは時事対策で抑えていた。前日の決起集会で話した知人2人も正解していたので良かった。
(26)× ピースの数までは把握してなかった。
(27)× タイトルは知ってたけど、そんなストーリーだったのね。
(28)〇 『世界の車窓から』といえば、ね。
(29)〇 競馬でも聞くけどいい印象ないな、と思っていたら当日にリバティアイランド号が…。ご冥福をお祈りいたします。
(30)× 勘で食器の種類までは当てたけど…。
(31)× 村下孝蔵が『怪獣の花唄』なんて歌う訳ないか。
(32)× 初見。
(33)× 初見。
(34)× 初見。
(35)× 何を売ってしまったか、は覚えていたのにな。
(36)〇 今でもあのルーレットは「やってる」と思う。
(37)〇 これ以外血を吸うUMAを知らなかったのでラッキー。
(38)× 初見。
(39)× 世界史弱すぎる。
(40)× ニュースで見たような気はするけど「利根川進」と誤答。
(41)〇 ガンバ大阪のユニフォームの胸元にも書いてあるし。
(42)〇 北朝鮮と迷った。地図上で見た時に小さいと感じた過去の自分を信じたら正解。
(43)× 著名な百人一首の作者は抑えたつもりだったけど、歌の内容までは理解が及んでなかった。
(44)〇 過去問のおぼろげな記憶からよく絞り出せた。
(45)〇 今年に入ってから至る所で問われていたので。
(46)× 初見。
(47)× 化学式までは覚えてないよ~。
(48)× 競馬中継は映像作品とは言わないか。
(49)× 観戦したJリーグの試合でパフォーマンスしてくれたのに思い出せず。
(50)〇 「沖縄県」と迷ったけどQAB(琉球朝日放送)が無いので絞れた。後から「小倉競馬のレース名になっている」という解説を聞いてちょっと悔しい。
(近似値)「101(-2)」 小学生の頃には朝青龍が無双してたし、その後も白鵬、日馬富士とモンゴル出身の横綱が活躍していた印象が強い。年間6場所中5場所で優勝したとして、小学生時代からの20年で5×20=100、後は微調整した。アタック25の時のパリ五輪種目数といい、フェルミ推定は得意らしい。
自己採点の結果は25点。
ただ前年から難易度は下がったように感じたし、何人かに聞いても同じような印象だった。
ボーダーは高くなりそう、そうなると書き間違いや解答欄ズレが怖い。
「何とか通ってくれ」と思いつつ、知り合い数名と昼飯のうどんを食べた。
そして結果発表。
自己採点通りの25点で62位、見事3年ぶり、大阪開催では初となる筆記通過を果たせた。
勘や推測が今回は冴えてくれたのが大きかった。
ボーダーは23点、それにしても爆上がりしすぎだろう。
2度目のnotローリング、初のギャチヌケ
1回戦の変則3〇2×は、2人抜けの第6組に参加することになった。
正直1人抜けだと枠が狭い上に実質1×失格なので、複数人抜けのセットに滑りこめたのは精神的にもかなり大きかった。
とはいえ対戦相手はシモキタ主催者にAQL創設者、今年のabcファイナリストに前回敗者復活者と中々に濃いメンバー。
そしたら初手で元職場が飛んでくるとは。
2〇目の「立山黒部アルペンルート」も得意の日本地理問題だった上、昨年11月に行った。
人生経験だけで2〇積んでしまった。
最後の「マリアノ・リベラ」はイチローが満票逃した時に改めて注目されたし、ある意味隠れ時事と言えるかも(こういうのをさり気なく組み込むのが三木さんらしい)。
こうして、念願だった三木さんの「ギャチヌケーーー!!!」を浴びることとなった。
開会前にギャチヌケ集の映像を見せられていたので、もし勝ち抜けたら躍動感出して喜ぼうとは決めていた。
家に帰って映像を確認したら、ぎこちないはしゃぎっぷりで少し恥ずかしい。
7〇3×で狂った歯車、逃した大チャンス
2回戦は7〇3×2人抜け、正直残り5人の時点でどこの組に行っても地獄だったが、1組目を選んだ。
間隔を空けず、珍しく1抜けした勢いを維持したい、という思いもあった。
筆者から見たら他のメンバーは全員格上、姿勢は崩さず挑むだけ。
「『悲愴』」は筆者らしくない短文系スラッシュだったが、これは直前のサークル例会のペーパーで同じ問題を正解していたのが大きかった(その時の出題者も会場にいたので感謝を伝えた)。
『リンゴの唄』の作詞作曲コンビまで覚えていたのに、どっちが作詞だっけと迷った挙句「吉井勇」を「中山晋平」と誤答。
普通に考えたら「作詞・作曲」の順番で覚えてそうなものだから素直に言えば良かった。
ここまで綺麗なクイズができていたが、ここで歯車が狂ってしまった。
既に早々と1人抜けられ、もう1人も4〇まで積まれて焦りもあったかもしれない。
「TKB」は知っていたけど「TKB48」の概念までは知らなかったので、これは何回やり直しても誤答していたので仕方ない。
「応援しているアイドル」で問うなら確かに「担当」だよなあ、「推し」は森羅万象に当てはまるし、冷静に一拍待つべきだった。
こうして初めてのナナサンは1〇3×失格になってしまった。
ただまあ押すべき問題で押したし、正直notローリングを抜けた時点で満足もしてしまったし、後悔はない。
失格になった直後はそんなことをぼんやり考えていた。
ところが、である。
「芸術家の名和晃平が芸妓さんの…」と問題文を聞いた瞬間、思わず頭を抱え、天を仰いでしまった。
初めて現地で観戦した2022年の日本ダービーの勝ち馬で、筆者を競馬沼に引きずり込み、引退まで単勝を買い続けた我が推しの競走馬、「ドウデュース号」ではないか。
目標にしていた大会の壇上で、自分の推しを答える。
クイズプレイヤーにとって一生に一度あるかないかという大チャンスが用意されていたのだ。
それをみすみす筆者は逃してしまった。
それができていたら、誇張なしに筆者は競技クイズから一線退いていたかもしれない。
その後の壇上での記憶はほぼない、あるのは「高麗航空」がスルーになって残念に思ったぐらい。
敗者復活も3問目であえなく撃沈した。
こうして筆者の第25回勝抜杯は、充実感の中で大きな傷を背負い、終戦した。
その後はシンサでお世話になっている方々を応援しながら観戦、野田さんが11年越しのリベンジを果たして優勝した姿はかっこよかった。
本当におめでとうございます。
大会後
今年も懇親会に参加したかったが、「飛び石連休(これも出てたな)」で休みが取れるか怪しく、先に新幹線を予約してしまったこともあり、その日のうちに関東へ帰った。
結局休みが取れた翌日は、生配信の動画を流しつつ、燃え尽き症候群のようにぼんやりと過ごした。
「燃え尽けるぐらい、自分は勝抜杯に向けて取り組んでいたんだ」と実感し、筆記通過&ギャチヌケが一層嬉しく感じた。
この1年、シンサとAlQottsで揉まれた経験は確実に生きた。
でも、あのチャンスを逃したことは一生忘れないんだろうな。
そして、その傷を他の何かで埋めようと、まだ競技クイズを続けることでしょう。
有名アニメの言葉を借りて終わりの言葉としよう。
「そして次のクイズが始まるのです」