未熟な私と「カナシキ現象」 ~Megalomania Tokyo 8 参戦記~
去る3月1日に開催されたクイズ大会「Megalomania Tokyo 8」に参加してきた。
このメガロマは過去3大会続けて予選突破、通称「スイス出国」を果たしており、問題傾向も好きな大会だ。
今大会の驚きはまず、「PC持参枠(大会で使用するPCを貸し出す参加者)」で抽選漏れが発生したことだ。
「確実にエントリーする方法」と考えていただけに、回を重ねるごとに高くなるメガロマ人気を痛感した。
前回は前日に北九州での大会に参加してからの長距離連闘だったが(記事参照)、今回は自宅から出撃。
エントリー戦争に巻き込まれずに済むには、もはやシード権確保となるベスト32に入るしかない。
大目標に向かって、予選に挑んだ。
予選第1試合:B-1卓 2〇2× 3位負け
関西で名前をよく聞く服部さんと、学生で名前をよく聞く星君といういきなり強敵揃い。
2問目の「麻疹」を「梅毒」と誤答して以降、2人に押し負けが続いて波に乗れない。
時事として覚えていた10問目の「週刊文春」で初日を出しても悪い流れを変えられず。
京都鉄道博物館からの「トーマス」という自分らしい問題は取るものの、2人にあっさりと抜けられて負け。
相手の誤答がよく聞こえず、「三船敏郎」を「高倉健」と言う同じ誤答をしてしまう凡ミスも痛かった。
予備問題の「リアップ」「黒の組織」が回ってほしかった感。
けん玉の音の問題は他の大会では中々お目にかかれないスタイルで印象的だった。
予選第2試合:A-57卓 6〇1× 3位負け
スイス出国するにはここから3連勝するしかない。
しかし2問目の「大三元レンズ」を日和って押さずに正解を逃すと、序盤から中村さんに押し負けが続いてあっさり1抜けを許してしまった。
その後はロッシーニステーキのレシピを思い出した「キャビア」最近TLでよく聞く分類の「謎解き」、地理問題の「ガイアナ」で3連答を果たす。
後フリでしっかり押し勝った「青島幸男」、時代劇前フリでスラッシュを決めた「お成り」、日本地理問題の「芋煮会」で2抜けにリーチ。
だが、後フリをしっかり聞けば正解できた「アマテラス石」を早とちりして誤答すると、続く「テルアビブ」はなぜか思い出すのが遅れて細山君に並ばれる。
最後は細山君が「アブダクション」をえぐいスラッシュで正解して2抜け。
こうして予選2連敗となり、「スイス出国」の夢は早々に潰えてしまった。
第1試合で誤答から入ったのが怖くなって「大三元レンズ」を押せなかったこと、「伊右衛門」や「正倉院展」を押し負けたこと、誤答に余裕があるにも関わらず「テルアビブ」を押さなかったこと…
敗因と思しき理由の数々が脳内を走馬灯のように駆け巡った。
この時点でメンタルは地の底寸前だったのだが、更なる追い打ちが襲い掛かる。
審判:B-57卓 泣きっ面に蜂の「悲しき現象」
辛うじて残っていた元気で引き受けた裏卓の審判。
そこで出題されたのは自分に刺さる問題の数々だった。
シベリア鉄道への拠点だった「敦賀市」、日本史知識の「柴田勝家」、SASUKEの宮岡さんでお馴染みの「愛媛銀行」、『LOVE LOVE LOVE』前フリの「PayPay」、新しい街が今月開業する「高輪ゲートウェイ駅」、プロ団体前フリの「麻雀」…
ここまで死体蹴りしなくてもよくない?????
そういう問題に限ってスルーになりそうになるたび、「頼むから誰か答えてくれ…!」と心の中で叫びながら正誤判定をするのは辛かった。
「自分が出ていないセットに限って、刺さる問題が出題される」。
このクイズあるあるとも言うべき現象が、その時の自分には一層キツかった。
大会の翌日、この現象の素晴らしいネーミングをTLで見かけた。
「カナシキ現象」。
クイズプレイヤーのkako様がつけたこの名前は、「解(カ)答権が無(ナ)い時に限って、知(シ)ってる問題が来(キ)ちゃう」の略とのこと。
プレイヤーが体感する「悲しき」感情をも表現している、見事なネーミングだと感じた。
ご本人様の許可もいただいたので、今後も是非使っていこうと思う。
予選第3試合:A-61卓 7〇1× 1位勝ち
「スイス出国」の夢が無くなった、いわゆる「目無し」の状態。
加えて「カナシキ現象」の数々で、メンタルは最早地の底。
案の定とも言うべきか、このセットも誤答から入ってしまった。
しかし、鳥島前フリからの「アホウドリ」、東京都の駅利用者数ランキングをギリギリで思い出した「北千住駅」を正解して持ち直す。
そこからガッツ押しの「デンキウナギ」「右手」、押し勝った「『仮名手本忠臣蔵』」、得意の日本地理問題「清里高原」でリーチをかけると、最後は「寛永寺」を押し勝って1抜け。
メンタルも地の底から少しだけ這い上がることに成功した。
あと、「馬主」は「うまぬし」と読むことだけはどうしても主張したい。
予選第4試合:B-51卓 7〇1× 1位勝ち
勝って星取をイーブンに戻して終わるのと、そうでないのとでは大分違うので気合いを入れ直して挑む。
…が、1問目の「モロー反射」を「パラシュート反射」と誤答して本日3度目の初手誤答。
気を付けようが付けまいが、そういう日だったのかも。
その後は京都大学の学生寮といえばで「吉田寮」、一応簿記検定を持っている「日本商工会議所」、帝銀事件前フリからの「モンタージュ写真」、学生時代に覚えた「オオマツヨイグサ」を正解。
その次の「競艇」は今大会で一番会心の正解だったかもしれない。
AbemaTVでMリーグを見ている時に散々聞いた「誰もが躍動するスポーツ」のキャッチコピーで反応できた。
1抜けを決めた「木下グループ」も、前フリ情報でスラッシュを決めることができて、負けず劣らず会心の正解だった。
こうして、最後には気持ちいい正解も出して、筆者のメガロマ8は終戦となった。
その後は同じく出国を逃した所属サークルのメンバーや、学生時代の同期とフリバをして過ごした後、決勝を見届けた。
「カナシキ現象」に対する個人的考察
クイズ大会に参加した経験がある人であれば分かるとは思うが、勝ち残り形式のでかい大会では「ボタンに着いている問題数<蚊帳の外で聞く問題数」が当たり前である。
「Megalomania Tokyo」シリーズのように予選問題の1/2でボタンを押せるというのは、非常に稀だ。
そうなれば当然、「自分がボタンに着いている時」に「自分に刺さる問題が来る」確率は低くなる。
であれば、「自分に刺さる問題」に頼らずとも、勝ち抜けられるだけの実力を持つことが大切になってくる。
しかし、真剣勝負の場で活躍するには、こうした「自分に刺さる問題」をものにできるかは意外と重要なのではないか、と筆者は考える。
実際、今大会は決勝前のインタビューで「答えが「仁」の問題が来たので今日はイケそうな気がする!」と答えていた宮原さんが、勢いそのままに大会を制した。
また、同じようなパターンで一番印象に残っているのが、2023年の「勝抜杯」。
決勝で劣勢だった出川さんが、自身のライフワークである競馬問題を正解してから雰囲気を変え、そのまま逆転優勝を飾ったシーンは今も強烈に覚えている。
勿論、宮原さんも出川さんも、そこまで勝ち残っていたからこそ、「自分に刺さる問題」を引き当てられた。
「カナシキ現象」による悲しき事態を避けるには、結局「やるだけやって後は運」しかないのかもしれない。
大会の感想
クイズをしていると、「うわ、今の押せば合ってたじゃん…」「ワンチャン、ひねり出せたんじゃね?」という感情に出くわすことが往々にしてある。
中でも「Megalomania Tokyo」シリーズの問題群はそこら辺の塩梅が毎回絶妙で、問題文の情報から感じる「それっぽさ」が癖になる。
加えて、思わず「へえ!」と言いたくなる前フリや、問題文中に音や曲を組み込まれていたり、非常にバラエティ豊かだ。
だからこそ、そんな問題群を、もっと真剣勝負の場で楽しめるようになりたい。
次回は「出国」して、ゆくゆくはシード権を確保できるよう、またクイズに向き合っていこうと思う。

まあ、まずは次回のエントリー戦争を突破できるように徳を積もうかな。
人生初の沖縄・石垣島旅行記(2日目)
(1日目の旅行記の続き)
泥酔からの起床
前夜、日付をまたぐまで飲んでいたものの、予めセットしておいたアラームの音で8時ぐらいには起床できた。
連れはまだ起きてこない。
朝刊一面で沖縄尚学高校の甲子園優勝を伝える八重山日報に目を通しつつ、ホテルの朝食を食べた。

その後は連れとの約束の時間まで、石垣島の市街地をぶらつくことにした。
お土産屋は朝9時からやっている所が多いようだ。
その中から適当なお店に入り、「石垣島限定の紅芋タルト」「地元泡盛を使用した梅酒」「ピパーツ(島唐辛子)が入ったソルト」を購入した。
ホテルに戻るとようやく連れが起きてきた。
共にチェックアウトを済ませると、今度は連れのお土産と朝食探しに付き合った。
連れはギリギリまで起きられず、ホテルの朝食を食べそびれたらしい。
スパムを挟んだおにぎりが妙に美味しそうに見えた。
その後、バスターミナルまで行き、昼過ぎの便で島を離脱するという連れと別れた。
日本最南端の観光鍾乳洞へ
再びの単独行動となった筆者は、バスに30分ほど揺られ、石垣島鍾乳洞へ向かった。

この石垣島鍾乳洞は全長3.2km、観光鍾乳洞としては日本最南端に位置し、石筍(鍾乳洞の中でにょきにょき生えたように見える岩石)の数は日本一、らしい。
ライトアップされた鍾乳洞の中は確かに迫力満点だった。
道中にカラフルな電飾でライトアップされた箇所があったりしたが、あれが「観光」鍾乳洞たる理由なのだろうか。


鍾乳洞を出たところにはお土産売り場とレストランが入った建物につながっていた。
ここで再び八重山そばの昼飯を食べ、バスで次の目的地へと向かった。
綺麗な海は何度見たっていい
道中のバスは島西側の海岸線を走ったので車窓に飽きることはなかった。
1時間ぐらい乗車して次の目的地・川平(かびら)公園に到着した。

川平公園が臨む川平湾は島の北西部に位置し、透明度が高い海の光景が人気だ。
実際、到着した時も日本人外国人問わず多くの観光客で賑わっていた。
公園内にある展望台から見る光景はとても美しかった。
ここでは遊覧船に乗り、ガラス張りの船底から海中を眺めるのが人気のアクティビティらしい。
筆者は時間がなくて乗れなかったが、行った人は是非体験してほしい。


この2日間、いわゆる「映え」スポットを巡っている気がするけど、別にSNSに挙げてバズりたいとかそういう感情ではなく、「旅先でいい景色を見たい」というシンプルな動機で行動している。
公園内の遊歩道を歩いていると、海を望むカフェを見つけた。
南国の暑さに参っていた筆者は迷わず入店し、沖縄ぜんざいを堪能した。

さらば石垣島、からの寄り道
川平湾の絶景を満喫した後、バスを乗り継いで石垣空港へ向かった。
石垣空港16:10発の那覇行は機材トラブルで10分ぐらい遅れて出発、約1時間で沖縄本島に上陸。
乗り継ぐ羽田行は約3時間後、これだけ時間を取ったのには目的があった。

乗り鉄として、沖縄まで来ておいて乗らずに帰る訳にはいかないだろう(?)。
「日本最西端」の記念碑を撮影し、QRコード式の1日乗車券を購入すると、ホームへと上がった。

起点である那覇空港駅は日本人・外国人問わず観光客で混雑していた。
その影響もあってか、ゆいレールは現在1本2両編成だったのを3両編成へ増結を進めている。
2両編成と3両編成が混在している光景は、今しか見られない。

乗車して3分、筆者は1つ隣の赤嶺駅で下車。
那覇空港駅が「日本最西端」なら、こちらは「日本最南端の駅」なのだ。
最北端(稚内駅)と最東端(当時東根室駅、現在は根室駅)は学生時代に到達しているので、筆者はこれで日本の東西南北の駅に到達を果たした。
駅前には「最南端の駅」を讃える記念碑が建っている。


赤嶺駅から再び乗車。
筆者は乗車前、正直そこまで期待していなかった。
しかし、乗車してみると車窓が楽しい。
予想以上にアップダウンが激しく、那覇の市街地を経由し、火災から復興中の首里城の横を抜けていく。
特に市街地越しのオーシャンビューは、夕方の時間も相まって綺麗だった。
終点のてだこ浦西駅までの約30分、全く飽きることが無かった。
鉄道に興味が無い人も、アトラクション感覚で乗車することをオススメしたい。

終点のてだこ浦西駅に到着したのは18時半過ぎ。
夏の沖縄でも、流石に暗くなってきていた。

折り返しの列車で前面展望を満喫しながら那覇空港まで戻ると、空港内のレストランで名物のタコライスとオリオンビールを流し込み、羽田行の最終便で帰路についた。
ただ、飛行機の到着が遅れて終電を逃し、蒲田から二子玉川までタクシーを飛ばす羽目になった。
教訓、「終電前提で飛行機を利用しない方がいい」。

人生初の沖縄旅行は、こうして幕を閉じた。
終わりに
今、この文章を書いているのは12月。
実際の旅行から3ヶ月以上経とうとしている。
色々タスクが重なったとはいえ、あまりの遅筆っぷりに自分でも笑うしかない(もし待っていた人がいたら土下座謝罪不可避)。
冬に突入した今、暑い沖縄が一層恋しい。
また行きたいなぁ…。
「mono-series'25」提出問題を語る。
はじめに
どうも、へたりあです。
先日行われたクイズ大会「mono-series'25」(以下「モノシリ」)にて、僭越ながら作問スタッフとして関わらせていただいた。
担当したのは第3セット・チームD、通称「趣味人チーム」(大会側命名)。
チームには他にも、日本地理やスポーツなど、自分と似たような趣味を持った人たちが集められた。
大会後の打ち上げで知ったのだが、ここまで趣味人が集められたのは「各セットにばらけさせると、大会を通して日本地理問題だらけになるから」という主催の采配らしい。
さて、そんな面々の中に放り込まれた訳だが、自分の作問スタンスは決まっていた。
自分の趣味や生活の中で「面白い!」と思った物事を出題する。
普段から意識していることだが、このモノシリでは特に全開でいった。
結果として、自分が作った問題は5問採用された。
1問ずつ振り返ってみよう。
①「競輪場」
Q.【○○にはキーワードが入る】岡山県玉野市の宿泊施設「○○ HOTEL 10」は日本で初めてある施設と一体型となったホテルです。「10人目の選手になった気分で過ごせる」という売り文句からも伺える、その施設とは何でしょう?
いきなりだが、採用された問題の中でも会心の作問だったと思う。
これは岡山県の観光情報を集めていた時に偶然見かけて、慌ててメモしたんじゃなかったかな。
競輪を題材にしたホテル、というインパクトもあったし、「何で『10』なんだろう?」という疑問から「競輪は1レース最大9人だからか!」という納得感が気持ち良かった。
この問題で大事にしたのは、「知らなくでも問題文からの推測でワンチャン導けるようにすること」だった。
過去のモノシリを見てもそういう類の問題を多く聞いたし、何より閃いた時の気持ち良さがこの上ないことを、身をもって知っていたからだ。
そこで、ホテルそのものは知らなくても、「玉野市にある施設」「『10人目の選手』というコンセプト」から、玉野競輪場の存在を連想できる余地を残す問題文を意識した。
「10人目の選手」というワードから「野球場」という誤答は多く出るだろうな、とは想定していた。
ただ、プロ野球の本拠地でもない岡山の野球場にホテルを作るとは考えにくい。
実際、東京大会では立ちはしたものの「野球場」という誤答が多かった。
その中で殿堂入りを果たした方は、「玉野市、と聞いて地元TVのレース案内CMが脳内を流れた」とのこと。
ある種、こちらの狙い通りだった。
②「高齢者の徘徊」
Q.愛知県豊橋市にある複数のグループホームでは、実際にはバスが1本も来ないバス停を施設の外に設置する取り組みが進んでいます。これは主に何を防ぐための取り組みでしょう?
この問題は提出期限の1週間ぐらい前に、ネットニュースで見かけて「これぞモノシリっぽい!」と感じて慌てて作問した。
このシステムはドイツで発明されたらしいが、
「高齢者がバスに乗ろうとバス停で待つ」
→「時間が経つと何故自分がそこにいるのかを忘れる」
→「タイミングを見計らってスタッフが声をかけて施設に戻す」
という「優しい嘘」とも言うべき思いやりが、とても日本らしいと思った。
当日時間がなくて解説できなかったが、地元のバス会社が使わなくなった本物のバス停標識等を施設に寄付している理由が、「高齢者は目が肥えているので偽物を置いても気がついてしまう」というのも面白かった。
ただ、モノシリに出てくる人たちはこういう情報を見逃さないのか、東京大会ではセット内で一番立ち正解者が多かった。
改めてモノシリ参加者のアンテナの広さ、レベルの高さを感じた1問だった。
③「ゲーム機のコントローラー」
Q.【「何の何」という形でお答えください】アメリカ海軍の原子力潜水艦「コロラド」において、コストダウンと操作性の向上を目的として、潜望鏡の操作に使われている器具は何でしょう?
作問メモに入っていただけで背景はよく覚えていないが、客観的に見てもかなり面白いエピソードだと思う。
実際、問題をチェックしてくださった大会側も「文句なしで面白い問題」と言ってくださった。
コストダウンしたい気持ちは理解できるとして、「ゲーム機のコントローラー使えば操作しやすいんじゃね?」という発想が、自分には到底できそうにもない。
この問題を作るのに悩んだのは正誤判定。
モノシリは結構甘めの判定を取る傾向もあるし、ゲームの機種(ちなみに「Xbox」)まで限定するのは酷かな…と思い、「ゲーム機」と広めの想定解を用意したつもりだった。
ただ、参加者はこちらが想定した以上に突っ込んだ解答をしてきて驚いた。
「プレステ」という解答が目立ち、正直心苦しかったが、正解とする訳にもいかず、泣く泣く誤答判定とさせていただいた。
もし、ソースで機種に言及されていなければ、「プレステ」等他のゲーム機種でも正解にしたと思う。
④「『太陽の塔』の目の部分」
Q.【2つの要素で〇】一般に「ハイジャック」で犯人が立て籠る場所は航空機ですが、1970年の日本で発生した「アイジャック事件」で犯人が立て籠ったのはどんな場所でしょう?
これは昭和を特集したTVの特番か何かで見た記憶がある。
普通に見ても面白いと思うが、大阪・関西万博が開催された今年だからこそ、出す意義が増したエピソードではないか。
知らない人でも、今年という時事要素と、「1970年の日本」「アイ(=目)」から、もしかしたら閃けるかもしれない。
最近ではこうしたいわゆる「パラレル問題」は減ったように思える(個人的感想)けど、この問題に関しては前フリ部分があってこそ、エピソードの面白さが増すような気がする。
苦労したのは問題そのものより、むしろ問読みの発声だった。
なにせ「ハイジャック」と「アイジャック」を聞き分けられるように読まなければ、わざわざパラレルにした面白さが伝わらない。
「ハ」と「ア」を聞き分けやすいよう、この箇所は特に読みを練習した。
苦心の末、「ハイジャック」と言う時には声を気持ち高いトーン、「アイジャック」という時には低いトーンで言う方法を実践した。
しかし、参加者の中には「聞き分けづらかった」という声もいただいたので、反省しなければならない。
一方で、殿堂入りされた方々は「1970年…」と聞いて起立されていたので、流石だなあと思った。
⑤「本田技研工業」
Q.【画像】これはどこの企業のホームページでしょう?(画像の参照元)
思い入れはこの問題が一番かもしれない。
数年前にTwitter(当時)で画像が流れてきて、「ホンダがスズキの捌き方を紹介する」というインパクトが凄かった。
「面白い!」「いつか画像クイズで出題しよう!」と考え、作問リストにずっと眠っていた問題だった。
それが今回、ようやくお披露目となったのだった。
改めて調べてみると、「自社の車で趣味を楽しんでください」というホンダの心意気は、素直に凄いと思った。
普通は車そのもののカスタム紹介とかに走りそうなところを、釣りや飼い犬、キャンプ、ゴルフの紹介まで自社のホームページで紹介するのだから、頭が下がる。
改めて言うのも恥ずかしいが、解説文の「画像に他意(タイ)はありません」までがセット。(伝わったかな…)
おわりに
以上、簡単に自分の問題を語らせていただいた。
現地でスタッフをやった東京大会では全滅はなかったし、4/5問で殿堂入りが発生したので、いい塩梅に収められたかな、と思う。
冒頭でも述べたが、知った時の「へぇ!」「面白い!」という感動を大事にしているので、もし1問でも面白いと思える問題があったら、作問者冥利に尽きる。
人生初の沖縄・石垣島旅行記(1日目)
突然の誘い
きっかけは筆者が(ピー)歳の誕生日を迎えた翌日、学生時代の悪友から送られてきたメッセージだった。
「石垣島かクアラルンプール、どっちか行かん?」
どうした急に。
というかそもそもなぜその2択なんだ。
詳しく話を聞くとその友人は所謂「マイル修行」で飛行機に乗りたいらしく、日程的に丁度良さそうだった行き先がその2か所だった。
日程は1泊2日、少し考えてみたがクアラルンプールでやりたいことがぱっと思い浮かばず、筆者は石垣島を希望した。
思えば筆者は他の46都道府県は訪問したことがあるにも関わらず、沖縄「だけ」はまだ未踏の県だった。
普通の人なら真っ先に旅行先の候補として挙がりそうなものだが、乗り鉄の運命なのか(失礼)、旅行先の候補に挙がることはほとんどなかった。
いや、少しだけ弁明させてもらうと、高校の修学旅行が入学当初は沖縄だと聞いていたのでそこで達成される予定だったのだが、毎年直撃される台風に懲りたのか、筆者の代は沖縄とは正反対の方角にある北海道にされたのだった(北海道もめちゃくちゃ楽しかったけどね)。
友人にせかされ飛行機とホテルを予約しても、「石垣島に行く」という実感が全く湧かず、る〇ぶの「石垣・宮古」を購入したのは旅行出発の前日のことだった。
いざ沖縄初上陸
迎えた8月のとある土曜日の朝、筆者は羽田空港にいた。
別便でやってくる友人とは現地で落ち合うことになっていたので1人だ。
石垣までの直行便は夏休みの旅行と思われる人々でいっぱいだ。

該当機は「スターウォーズ」がラッピングされた機体で、機内アナウンスもC-3POが担当していた(筆者はスターウォーズをしっかり見たことがないけど)。


羽田空港から石垣空港までは3時間弱もかかるが、眼下に伊豆大島や伊豆半島を見たり、座席に設置されたモニターでテレビ番組を観ていると案外あっという間に感じた。

フライトの後半になると眼下に奄美・沖縄の島々が見えてきた。
徳之島、沖永良部島、与論島、沖縄本島、慶良間諸島、宮古島、多良間島…
眼下に見える島の形とグーグルマップを見比べ、答え合わせのように特定していくのは中々面白かった。
あれは確かJALの沖縄キャンペーンソングだったな、乗っているのはANAだけど。



そうこうしているうちに搭乗便は石垣空港へ無事着陸。
人生初の沖縄上陸と、47都道府県完全制覇達成の瞬間となった。

到着ロビーに出ると目に飛び込んできたのは、テレビの前に群がる人々。
タイミングがいいのか、今日は沖縄代表・沖縄尚学が臨む甲子園の決勝戦当日。

甲子園の試合を見終えると、バスに乗って石垣市街地へと向かった。
バスの車窓からは一面のサトウキビ畑が見える。
脳内には森山良子の歌声が流れる。
「ここは本当に日本なのか…?」
筆者のそんな疑問を抱いていると、市街地に立つ東横〇ンとア〇ホテルの見慣れた建物が目に入った。
良かった、ここは本当に日本だ。

フェリーターミナル周辺を散策
飛行機の時間が微妙なこともあり、友人とはこの後上陸する竹富島で落ち合うことになった。
竹富島へ向かうフェリーまでは時間があったので市街地を散策することにした。
まずはフェリーターミナル近くの「730記念碑」へ。

1978年、アメリカ占領の影響で車の右側通行が残っていた沖縄県において、たった一夜にして左側通行への一斉転換が実施された。
その日付から「730(ナナサンマル)」と呼ばれ、この記念碑はその出来事を後世に伝えるものだ。
ちなみに、この出来事の様子は記録映画としてYouTubeで無料公開されているので、気になった人は見てみよう。
この記念碑が立つ「730記念碑」交差点は、石垣島から宮古島を経由して沖縄本島へ至る国道390号線の起点になっている。
国道390号線は日本最南端かつ最西端を走る国道で、この交差点は日本の国道の最西端地点でもあるのだ(最南端は少し東側に走った箇所にある)。
地理的に見ても歴史的に見ても面白いスポットなので、石垣島訪問の際はぜひ。

時刻は既にお昼過ぎ、そろそろお腹も減ったので昼飯へ。
ガイドブック片手に見つけたいい感じのお店で食べた八重山そばが美味しかった。

その後は公設市場をぶらつく。
特産のパイナップルを100%使用した絞りたてジュースは美味しかった。

その後はフェリーターミナルへ戻る。
竹富島は「入島料」を観光客から徴収している。
ターミナルにはその入島料を購入する自販機があり、300円を払うと「入島券」が出てきた。
この入島料は強制ではないらしいのだが、購入すると竹富島の港で「入島証明書」と「記念ステッカー」と交換できるので、旅の思い出に購入することを強くおすすめしたい。
その後乗船、約15分の船旅を楽しむと竹富島の港に到着した。

竹富島上陸
フェリーから下船すると、多くのマイクロバス・ワゴン車が待ち構えていた。
どうやらこれらは名物の水牛車やレンタサイクルの無料送迎で、これを利用して島の中央部にあるお店まで行き、そこから島内を巡るのがポピュラーなパターンらしい。
実際に、下船した観光客の多くがそれぞれのバス・車に散らばり、受付のスタッフに列をなしていた。
筆者も一瞬利用しようか考えたものの、後から来る友人と足並みを揃えやすさを考え、徒歩で島内を巡ることにした。

島内から島中央部にある集落までは徒歩で約15分かかった。
炎天下での徒歩は中々に疲れるが、道中に牛がいたり、「スンマシャー」と呼ばれる村の関所的な史跡があったりして中々楽しかった。


シーサーが載った赤い屋根、民家を囲む石垣、そこかしこに咲く南国の花、街中をゆっくり歩く水牛車…
想像していた「夏の沖縄」の風景が、そこにはあった。
ようやく完全に受け入れる、自分は本当に沖縄まで来たという事実(遅すぎる気もするけど)。
島中央部の高台には「なごみの塔」と呼ばれる建物がある。
残念ながら塔は封鎖されていたが、高台からは竹富島の集落が一望できた。




集落で道に迷いつつ島の西海岸沿いの道に抜けた。
次に撮影スポットとして紹介されている「西桟橋」へ向かった。

西桟橋からは海と空の大パノラマが堪能でき、桟橋の先端までは海の上を歩いている気分になれた。
「映え写真を投稿してバズりたい」という邪な気持ちではないが、こういう絶景スポットは巡れるだけ巡りたいという感情は筆者も持っている。
一通り撮影した後、島の西海岸沿いの道路を南へ歩き、次は「コンドイ浜」というビーチへと辿り着いた。

ここでようやく友人と合流。
早速水着に着替え、いい歳した大人2名が年甲斐もなく海へ。
丁度干潮の時間帯ということもあって海は遠浅、少し沖合には「幻の島」と呼ばれる砂の陸地も現れていたのでそこまで歩く。
夏休みシーズンも終盤だからか意外と海水浴客も少なく、まるで沖縄の海を独占しているような贅沢な時間だった。
改めて思う、「大人の男性2名で来るような場所ではない」という事実。
濡れるのが怖かったので撮影できなかったのが残念。
小一時間海水浴を満喫した筆者たちは最終バスで港へ戻り、フェリーで石垣島へ舞い戻ったのだった。
夜の石垣島を徘徊する
石垣島に戻るとホテルへチェックイン。
シャワーを浴びた後、最小限の荷物を持って友人と夜の街へ繰り出した。
石垣島への訪問経験がある友人がおすすめする居酒屋「つる商店」へと入店した。
今日は甲子園で沖縄尚学が優勝したことで、生ビール1杯サービスとのことだった。
筆者たちもそれにあやかり、オリオンビールで乾杯する。

お店の名物という「天ぷら盛合せ」を注文すると、山盛りの天ぷらが出てきて面食らった。
中でも筆者は「もずくのかき揚げ」が特に美味しかった。
もずくに野菜やスパムを混ぜた天ぷらに、石垣島の塩をかけると絶品だった。
他にも「泡盛のコーヒー割り」は、きっつい泡盛が割と飲みやすくなって発見だった。
他のお客さんグループたちと交流したり、店主の三線ショーがあったりと、気が付けば4時間ぐらい飲んでいた。

飲みに飲んだのもあって、この日のこの後の記憶が曖昧だ。
友人に連れられてもう1件別の店で軽く飲み、その後は真っ暗な深夜のフェリーターミナルまで歩いたような気がする。
ただ、市街地でも見上げた星空が綺麗で、流れ星を2本ぐらい観測できたことははっきりと覚えている。
ホテルの自室に戻った時には、とっくに日付を跨いでいた。
移動と海水浴の疲れと酔いで限界の筆者は、シャワーを浴びてそそくさと眠ってしまったらしい。
(2日目へ続く)
連闘の果て ~Megalomania Tokyo 7参戦記~
前回までのあらすじ
北九州での競馬クイズと東京のメガロマ7、参加したい大会が連日になってしまった筆者は、直線移動距離約830kmの連日連闘を決行する。
北九州での競馬クイズ大会「第1回北Q会記念」を終えた筆者は、その日の夜には北九州空港から羽田行きに搭乗。
羽田空港に到着したのは23時前のことだった。
(前回記事はこちら)
大会開始まで
羽田空港に到着した筆者はその日の寝床へと向かった。
今回利用したのは「ファーストキャビン羽田ターミナル1」。
その名の通り、羽田空港第1ターミナルビルの中にあるカプセルホテルだ。
翌日のメガロマの会場が浜松町ということもあり、羽田空港での宿泊が最適と考えた。
ここは簡易宿泊所扱いなので自分の宿泊スペースを鍵で閉めることができない。
貴重品はベッド横にある貴重品ボックスに入れ、大浴場でひとっ風呂浴び、翌日に備えて就寝した。

翌日は朝7:00に起床、さっさと朝の準備を済ませてチェックアウトした。
ターミナルビル内で朝食を探していると、博多の「ふくや」さんが名物の辛子明太子を使用したおにぎりを販売していたので購入。
コンビニおにぎりの3倍ぐらいの値段だったが、注文してから握ってくれるのでご飯はアツアツ、辛子明太子がおにぎりの上と中にふんだんに入った贅沢な一品でとても美味しかった。
羽田空港で朝食をお探しの際は是非利用をオススメしたい。

朝食を摂った後はモノレールで一路、浜松町へ。
設営準備をすることもあって会場に到着したのは9時前。
過去2回の癖で建物の5階へ上ったら「カタン日本選手権関東地区大会」が開催されるらしく、焦って会場となる2階まで下りた(同じ間違いをした人は何人かいたらしい)。
当日は同じ建物の3階で「東京スピフェス」なる催しも開催されていた。
カタン、クイズ、スピリチュアル…。
4階で開催されていたマイナビフェアの参加者は困惑しなかったのか心配だ。

大会開始
改めて「Megalomania Tokyo」(通称メガロマ)は『東大王』などで活躍した水上さん、「QuizKnock」などで絶賛活躍中の鶴崎さんなどが中心となって開催される大会シリーズで、人気も非常に高い。

今回の参加枠512はあっという間に埋まり、抽選に漏れたプレイヤーが何人も発生するほどだった。
この大会の基本ルールは、4人一組で「7問正解勝ち抜け、3問誤答失格、2人勝ち抜け」を繰り返す。
最大の特徴はWeb上のクイズシステム「Hayaoshi」を使用した同時進行形式だろう。
音声を事前に登録しておけばPC上の操作で進行が可能なため、PCさえあれば何試合も同時進行が可能である。
参加者は最低でも予選4試合に参加できることも、この大会が人気となっている理由の一つだろう。
予選4試合で4連勝できた32名は決勝トーナメント3回戦(ベスト64)へ、3勝できた128名は決勝トーナメント1回戦(ベスト160)へ進出となる。
この方式は「スイス式」と呼ばれており、この予選を突破することを指す「出国」という用語まで誕生した。
まずは「出国」を賭けた予選に臨んだ。
第1試合:B-25卓 6〇0× 2位勝ち
相手はいずれも自分より若手と思われる3人だった。
「焼畑農業」と「地中海」はそれっぽさがあったのでガッツで正解、「直島」と「生駒山上遊園地」は得意の地理問題、「大空翼」は時事で抑えていた。
「家系ラーメン」や「名探偵津田」を押し負け、1人勝ち抜け後に相手のチャージもあって迫られたが、終盤になって「硫黄島の戦いで戦死」→「西竹一」の勝負押しが成功して逃げ切り。
予備問題の「成城石井には『おいしい』がある」は流石にこすられすぎてない?
第2試合:A-3卓 7〇1× 2位勝ち
初戦を勝ってほっとするのも束の間、次はベテランのUさんや、筆者が学生時代に「abc」や「STU」で活躍されていたNさんといった厳しい相手に。
「バッハ」は3択問題の勘当て、「スキージャンプ」は押し勝ち、「大原学園」はCMで覚え、「ナルコレプシー」は自分がそうではないかと症状を調べたことがあり、「タージン」は時間ギリギリで思い出せた。
大東亜帝国の「大」ではなく「国」を答えてしまい誤答、「15時40分」は前日競馬クイズの大会に出場していたのに押し負けてしまった。
Uさんが1位で抜けて筆者とNさんが5〇で並ぶが、相手が2×で失格リーチになったのも幸いしてか、「Sky株式会社」「べらぼう」を連取して2位抜けに成功。
第3試合:A-13卓 2〇1× 3位負け
強敵を撃破して「出国」に王手をかけたが、待っていたのはベテランの猛者3人。
試合前には大学サークルの大先輩であるKさんに筆者自身も「おっさん」認定されてしまった(20代後半はダメらしい)。
開幕序盤でイギリスで人気爆発中の「カツカレー」、国鉄特急の象徴だった「ボンネット型」(ここまで出題されるのか…)を正解するまでは良かったが、以後はKさんとOさんの怒涛のラッシュの前に手も足も出ず。
カリフォルニア州第2の都市ってサンフランシスコじゃないのか…(正解は「サンディエゴ」)
第4試合:B-27卓 7〇1× 2位勝ち
ここまで2勝1敗、これが「出国」を賭けたラストチャンス。
相手3人はいずれも自分より若手に見えた。
「鳩」は『Qさま!』で映像を見て覚え、「武田氏」「サンドウィッチマン」「国防総省(ペンタゴン)」は押し勝ち、「我関せず」「まきびし」はそれっぽさしかなかったのでガッツで正解。
「『愛♡スクリ~ム!』」は歌詞の続きだと読み間違えて誤答、「文化放送」は自信がなくて見送ったら合っていたので後悔。
1人が勝ち抜けて1人が失格し残り2人、残り問題数を考えると逆転されることはなかったので自信度200%押しの「『銀河鉄道999』」で勝ち抜け。
第一の目標としていた「出国」に成功したのだった。
それにしても「粗相」の問題は凄いな…
決勝トーナメント1回戦:鬼門を越えられるか
ここからは一度負けたら終わりのトーナメント戦。
過去参加した2回はいずれもここで負けている、筆者にとっての鬼門だった。
「三度目の正直」か、「二度あることは三度ある」か。
ここまで来れば相手は全員強敵、必然的に問題の押し合いになっていった。
「恐竜」は自作被りもあって今大会一番のスラッシュ、「大仙古墳」「『銀河鉄道の夜』」「文化」を押し勝った一方、「ジガーカップ」を「シェイカー」と誤答してしまった。
終盤で「ブルーアイズホワイトドラゴン」を押し勝って、気付けば残り1問時点での得点状況は以下の様になっていた。
Nさん:6〇2×
Mさん:5〇0×
筆者:5〇1×
Sさん:5〇2×
現時点で筆者は誤答の少なさ判定で3位、このままでは敗退になってしまう。
次の問題を絶対に正解しなければならなかった。
運命の最終問題。
グレイトフル・デッドというミュージシャンは全く知らなかったが、「ミュージシャンがステージ上で音の…」と聞いて押し勝ち、「イヤーモニター」を正解。
3位から1位の大逆転を決める一撃で、決勝トーナメント1回戦突破を決めた。
実は、本来この問題は出題されなかった可能性が極めて高かった。
途中、自分のボタン操作ミスが原因で1問無効となり、回ってきた最終問題だったのだ。
当時も対戦相手の皆様には謝罪したが、改めてここで謝罪したい。

決勝トーナメント2回戦:目指せシード権
三度目の正直で壁を越えることができた。
次の目標はベスト32に入ると与えられる「次回大会へのシード権」。
そのためには、あと2回勝たなければならなかった。
試合前、対戦相手の1人であるK君が声をかけてくれた。
聞くと筆者とは同世代で、向こうは自分を「最後のabcで48位抜けした人」として覚えてくれていたらしい(嬉しいけど恐れ多い…)。
いざ試合開始。
「や座」の問題は漫画『ナナマルサンバツ』内の重要場面で出た問題と同じで懐かしくなり(詳細は同漫画14巻参照)、「日高山脈」は得意の地理問題で回収。
しかし、「笑気ガス」や「空気を抜く」といった問題を自信がなくスルーしてしまい、それで焦ったのか、「SHURE」の問題を「エルヴィス・プレスリー」(ガイコツマイクを愛用した方)、「節子の遺骨」は「おはじき」(『火垂るの墓』エアプがバレてしまった)と連続誤答。
先程声をかけてくれたK君に1位抜けされ、1人が失格となり残り2人。
残り7問時点で相手が6〇1×で勝ち抜け王手に対し、筆者は2〇2×の失格リーチ。
ここを勝ち抜けるには、5問連続で正解するしかない。
腹をくくって「成田国際空港」「ファミリーマート」「自由電子」を3連取、特に「成田国際空港」の問題は「日本一短い鉄道を謳う…」で「鞍馬寺」(日本最短のケーブルカーが境内にある)と思って押したら「芝」と聞こえたので「芝山鉄道」のことだと修正できた。
しかし、「国連平和維持活動」の問題を相手に取られてゲームセット。
決勝トーナメント2回戦、ベスト96で筆者のメガロマ7は終戦となった。
その後
敗退後は空いたスペースで友人らとフリバを行い、決勝で山上さんが優勝するのを見届けた。
自分が敗退した後の問題だと「ほぼ100円ショップ」や「『ゴールデンカムイ』」の問題がお気に入り。
連闘の果て
東京と北九州、長距離移動を伴う連日連闘をやった感想は「やらないに越したことはない」。
翌日は体がしんどかった。
情熱と体力に自信がある方は一度やってみては?
北九州とんぼ返り ~第一回北Q会記念参戦記~
筆者と競馬
競馬をちゃんと見始めたのは2021年。
アマゾンプライムビデオでアニメ『ウマ娘プリティーダービー』をイッキ見して感動した勢いでゲームもやり始め、その流れで実際の競馬にも手を出した。
初めて買った馬券は直後の安田記念、確かグランアレグリアとカラテのワイド馬券を購入した記憶がある(結果はカラテが13着で大ハズレ)。
この記事を書いていたらそのカラテの競走馬引退が発表された(お疲れ様でした)。
あれから約4年。
競馬限定のクイズ大会が北九州で開催されると聞き、今の自分の競馬知識がどこまで通用するのか試してみたく、喜び勇んでエントリーした。
ところが大きな問題が発生した。
翌日に「Megalomania Tokyo 」(通称メガロマ)というデカいクイズ大会が東京で開催されることになってしまった。
普通はどちらかを諦める人が多そうだが、私はどちらも諦めたくなかった。
ならばやるしかない。
東京と北九州、直線移動距離約830kmの転戦を。
競馬の世界では2週続けて出走させることを「連闘(れんとう)」という。
昔は2日連続で出走も可能だったらしいが、現在は規則でできなくなっている。
現代では競走馬もやらない連日の長距離連闘が決まった。
前日:東京→北九州、夜の長距離輸送
金曜の夜、スーパー銭湯でひとっ風呂浴びて夕飯を食べた後、羽田空港へ向かった。
当日の朝一番の便で北九州入りしても十分間に合うが、筆者は大会遠征時は基本前入りすることにしている。
移動で疲れた状態にしたくないし、万が一天候不良等で移動できなくてもフォローがしやすいからだ。
予約したのは羽田21:30発の北九州行きのスターフライヤー。
羽田空港発の国内線の最終3便(21:00、21:30、22:00)は全て北九州行きだ(最近になってハマった西園寺チャンネルの「日本全国鬼ごっこFINAL」で知った)。

スターフライヤーの座席にはモニターがあり、BS10の番組が視聴可能となっている。
ちょうど『アタック25Next』も「お笑い好き大会」が配信されており、眠い目をこすって視聴しつつ、一路北九州空港へ飛んだ。

北九州空港に到着した時には既に23時過ぎ。
そこからエアポートリムジンバスに乗って小倉駅のバスターミナルに到着した時には、既に日付が変わっていた。

そこから程近い宿(いつもの快活クラブ)にチェックインし、さっさと就寝した。
当日:大会まで
朝7:30に起床し、朝食を摂ってチェックアウト。
大会まではまだ時間が合ったので、歩いて小倉城へ向かった。

折角なので入場券を買って天守まで登ったら、めちゃくちゃオシャレに整備されたカフェになっていた。
いいのかそれで?(そもそも天守閣自体現代になって再建されたものだけど)

その後は火災から復興しつつある旦過市場を通って大会会場まで歩いて移動した。
当日:いざ、参戦
会場で到着してエントリーを済ますと、受付スタッフから諸々渡される。
馬券風にデザインされた名札、「RACING PROGRAM」と書かれた企画書、お馴染みのマークシート、当日の小倉競馬場第5レースの馬柱。

流石に競馬好きが集まる大会だ、ただクイズをするだけな訳がなかった。
対象のレースを100円分だけ予想し(実際に購入する訳ではない)、払い戻し金額が最も高い人は後々のラウンドで有利になるとのことだ。
配布された馬柱やnetkeiba、参考にしている予想家のXなどと真剣ににらめっこ。
熟考の末、1番人気の馬と5番人気の馬のワイドにした。
一通り予想を終えるといよいよ大会が開幕した。
最初は30問のペーパークイズ。
少しは自作など対策もしてきたが、「競馬」にまつわる様々な角度からの難問・珍問・良問の数々に10点しか取れず。
特に「現時点でのウマ娘131人中、モデルとなった競走馬がGⅠを勝っていないのは何人?」という問題は残り時間全てを費やして数えたが3人足りなかった…
大学時代の競馬好きの同期はペーパーテストで堂々の2位だった。
次のラウンドは参加者を3組に分けての早押しクイズ。
開始前に参加者1人1人の自己紹介タイムがあったので、「明日は東京のメガロマに出るので、オグリキャップもびっくりの連闘です!※」と言ったらウケた。
※オグリキャップは1989年に京都のマイルチャンピオンシップ(1着)→東京のジャパンカップ(2着)というGⅠ連闘をやった。
ここでは「的場文男騎手が落馬したから」(オールスター感謝祭の人馬対決で馬が負けた理由)とか「with 佑」(藤岡佑介騎手がnetkeibaで連載しているコラム)とか答えて3抜け。
次のラウンドまでの昼休憩中、同期にそそのかされて小倉競馬場へ行くことになり、会場目の前の旦過駅からモノレールに飛び乗った。
車内では先程予想した第5レースを中継で見届けるも、自分の予想はハズレ。
1番人気の馬が1着になったのは良かったが、5番人気の馬が馬券外だった。
「あっちの馬にしとけば当たってたのにな~」など悔しがっているうちに、小倉競馬場へ到着した。

実は今年の始めの「冬コク(冬季開催の小倉競馬)」も訪問しているので、1年で「夏コク(夏季開催)」の両方訪問を達成してしまった(何してんだか)。
パドックやコースの写真を撮影したり、訪問記念にと次の第6レースの馬券を購入して大急ぎで大会会場へ戻った。

尚、帰りのモノレールで確認したら第6レースもハズレだった。
大会会場に戻ると、参加者の馬券予想の結果が発表された。
参加者24名の中で的中したのは…
なんと0人。
1番人気の単勝を買ってたら良かった、という結末だった。
気を取り直して、次はコース別のラウンド。
まず筆者は様々な形式のクイズが出題されるバラエティラウンドに出場。
割と自信があった「実況音声クイズ」はやたら強い人がいて正解できなかったが、「ビジュアルクイズ」で荒稼ぎに成功。
特に画像が出る前に「立ち上がった馬」→「ルーラーシップ」(自分の前に回答権を得た人が「ゴールドシップ」で誤答になっていた)は冴えていた(詳しくは2012年の有馬記念を見よう!)。
他にも「木村哲也調教師」(JRA調教師のしりとりで「杉山晴紀→(?)→矢作芳人」)、「武豊駅」(いや出題意図は分かるけどさ)を正解して3抜け。
次は選択肢の順番や組み合わせを選ぶラウンド。
ワンチャン勘で何とかなりそうという、という淡い期待で選び、「3連単の配当金がJRA史上最低となったレースの着順」や「『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』の姉妹の順番」(←⁉)などの問題に苦戦しつつも5抜け。
そしてここまでの結果発表。
自信は無かったが、順位は第5位!
ペーパークイズでの出遅れを何とか挽回し、上位5名までがストレートインできる準決勝進出となった。

その後、残りの準決勝進出者を賭けた最終予選では、同期が見事勝ち残った。
そして迎えた準決勝は純粋な知識勝負となるボードクイズ。
何とか食らいついたが、デルタブルースが勝ったオーストラリアのレースを「コックスプレート」と回答してしまうポカなどが響き(正解は「メルボルンカップ」)、次点で決勝進出を逃した。
最終予選から勝ち上がった同期とは「どっちかでも決勝残ろうぜ!」と約束していたが、その同期も敗退してしまい、結果としてフラグになってしまった。

自席から観戦した決勝は熾烈なデッドヒートの末、「ベリーベリーホース」という今年上半期の日本競馬を象徴するようなW.A.で決着した(栗山テクノさん、優勝おめでとうございます!)。
大会通して各ラウンド開始前にスターター役のスタッフが旗を振ったり、ファンファーレに参加者の拍手が起こったり、決勝前にはGⅠ本馬場入場のような参加者紹介があったりと、とにかく1日中競馬愛に溢れた大会で、遥々参加した甲斐があった。
願わくば決勝に残りたかったが、とても楽しかった。
大会終了後:北九州→東京、いざ再輸送
大会終了後は懇親会に参加する皆様と別れ、同期と2人で反省会と称して名物の小倉鉄鍋餃子を堪能した。
九州ローカルの炭酸飲料「スコール」のサワーが美味しかった。
その後は小倉駅の駅ビル内にある湖月堂で、松本清張が愛したという栗饅頭(QuizKnockの動画で知った)をお土産に買い、皿倉山へ夜景を観に行くという同期と別れた。
そして筆者は翌日のメガロマへ参加するべく北九州空港へ向かい、21:10発の羽田行きに乗ったのだった。


(メガロマ編へ続く?)
そして僕はまだクイズをやめられない ~第25回勝抜杯戦記~
どうも、へたりあです。
またこのブログ更新が1年以上空いてしまった…(本当にすみません)。
去る4/27(日)に大阪で開催された競技クイズのオープン大会『第25回勝抜杯』に参加してきたので、その振り返りです。
筆者と勝抜杯
筆者が勝抜杯に初めて参加したのは2022年の第22回大会。
正確にはコロナ禍で開催された『リモート勝抜杯』に2020,2021と参加していたが、そこで問題傾向が好きだったのと、そこそこ正解できたのもあって参加した。
その時は筆記81位で初参加・初通過を達成、自分でもまさか筆記を抜けられるとは思わず望外だった。
結果としては1回戦のnotローリングで敗退してしまったが、壇上で2問も正解できた(確か「備中松山城」と「河野太郎」)こともあって、勝抜杯デビューとしては上々だった。
…が、いいイメージを持って大阪に乗り込んだ2023年は筆記で10点ぐらいしか取れない大爆死、リベンジを期して挑んだ2024年はボーダーに2点足りずまたも筆記敗退、懇親会は楽しかったけど2年連続で悔しい思いをした。
今年に向けて
そして今年、過去2年を反省して前向きにクイズと向き合った。
まず苦手意識から避けてきた「Anki」に、今までストックしてきた「筆記クイズで間違えた問題リスト」を片っ端から突っ込んだ。
その数、3000問以上。
そこに、大会や例会で解いた筆記問題で間違えた問題を継ぎ足していった。
それを10のリストに分割してほぼ毎日回した。
また、魑魅魍魎集うシンサクール蒲田の例会には可能な限り参加し、腕を磨いた。
そこに参加している若手メンバーを中心とした新サークル「AlQotts(オルコッツ)」の立ち上げにも参加し、クイズに触れる機会を増やした。
そして今年。
前日は「椿オープン」に参加しようかと迷ったが、迷っているうちにエントリーが締め切られてしまい、折角だからと大阪・関西万博を見学した。
パビリオンの待ち時間で、間違えた問題リストや、学生時代の「abc」前に作成した懐かしいリストも回した。
今年の筆記振り返り(ネタバレ注意)
以下は各問題の自己採点結果と振り返り。
(1)× 前日の「椿オープン」でも出題されたらしい。参加すれば良かったか?
(2)〇 ピーナッツと迷った。ナイス勘。
(3)〇 初代王者だから復活初回でも審査員やってたよな、と。
(4)〇 こうやって問われると不安にはなった。
(5)× 「スーパーフラット」という単語を普通に知らなかった。
(6)〇 ボカロあまり聴かないけど作問したことがあった。
(7)〇 まあ今宮といえば、ね。
(8)〇 動画のタイトルを問う問題文で聞いた記憶があった。
(9)× 世界史弱者なのでお手上げ。
(10)〇 自衛隊員も国家公務員だもんな、と。
(11)× 言われてみれば聞いたことあるような、ないような。
(12)〇 正直最後の羽生善治だけで正解した。
(13)〇 伊達に毎年大学駅伝を追っかけているので。
(14)× 数ヶ月前にサークルで出題されていたらしいが忘れてしまっていた。
(16)〇 『SASUKE』は毎回見ているので。
(17)〇 長崎のスタジアムは行ってみたいんだよな。
(18)〇 四択問題で過去に見た記憶があったのと、1ヶ月前に修行体験で写経したご利益があったかも。
(19)× 初見。
(20)× この問われ方するといつも「4月2日」と誤答してる気がする。
(21)〇 友人がハマっているらしく、よくTLで見かける。
(22)〇 東海道に限らず、全国の新幹線駅前で看板を見かける印象がある。
(23)〇 『刀剣乱舞』はミリ知らだけど、尾上松也が演じるなら有名なやつかな、と。
(24)× ドラクエやったことないので厳しい。
(25)〇 今年1月にBRICS加入したのは時事対策で抑えていた。前日の決起集会で話した知人2人も正解していたので良かった。
(26)× ピースの数までは把握してなかった。
(27)× タイトルは知ってたけど、そんなストーリーだったのね。
(28)〇 『世界の車窓から』といえば、ね。
(29)〇 競馬でも聞くけどいい印象ないな、と思っていたら当日にリバティアイランド号が…。ご冥福をお祈りいたします。
(30)× 勘で食器の種類までは当てたけど…。
(31)× 村下孝蔵が『怪獣の花唄』なんて歌う訳ないか。
(32)× 初見。
(33)× 初見。
(34)× 初見。
(35)× 何を売ってしまったか、は覚えていたのにな。
(36)〇 今でもあのルーレットは「やってる」と思う。
(37)〇 これ以外血を吸うUMAを知らなかったのでラッキー。
(38)× 初見。
(39)× 世界史弱すぎる。
(40)× ニュースで見たような気はするけど「利根川進」と誤答。
(41)〇 ガンバ大阪のユニフォームの胸元にも書いてあるし。
(42)〇 北朝鮮と迷った。地図上で見た時に小さいと感じた過去の自分を信じたら正解。
(43)× 著名な百人一首の作者は抑えたつもりだったけど、歌の内容までは理解が及んでなかった。
(44)〇 過去問のおぼろげな記憶からよく絞り出せた。
(45)〇 今年に入ってから至る所で問われていたので。
(46)× 初見。
(47)× 化学式までは覚えてないよ~。
(48)× 競馬中継は映像作品とは言わないか。
(49)× 観戦したJリーグの試合でパフォーマンスしてくれたのに思い出せず。
(50)〇 「沖縄県」と迷ったけどQAB(琉球朝日放送)が無いので絞れた。後から「小倉競馬のレース名になっている」という解説を聞いてちょっと悔しい。
(近似値)「101(-2)」 小学生の頃には朝青龍が無双してたし、その後も白鵬、日馬富士とモンゴル出身の横綱が活躍していた印象が強い。年間6場所中5場所で優勝したとして、小学生時代からの20年で5×20=100、後は微調整した。アタック25の時のパリ五輪種目数といい、フェルミ推定は得意らしい。
自己採点の結果は25点。
ただ前年から難易度は下がったように感じたし、何人かに聞いても同じような印象だった。
ボーダーは高くなりそう、そうなると書き間違いや解答欄ズレが怖い。
「何とか通ってくれ」と思いつつ、知り合い数名と昼飯のうどんを食べた。
そして結果発表。
自己採点通りの25点で62位、見事3年ぶり、大阪開催では初となる筆記通過を果たせた。
勘や推測が今回は冴えてくれたのが大きかった。
ボーダーは23点、それにしても爆上がりしすぎだろう。

2度目のnotローリング、初のギャチヌケ
1回戦の変則3〇2×は、2人抜けの第6組に参加することになった。
正直1人抜けだと枠が狭い上に実質1×失格なので、複数人抜けのセットに滑りこめたのは精神的にもかなり大きかった。
とはいえ対戦相手はシモキタ主催者にAQL創設者、今年のabcファイナリストに前回敗者復活者と中々に濃いメンバー。
そしたら初手で元職場が飛んでくるとは。
2〇目の「立山黒部アルペンルート」も得意の日本地理問題だった上、昨年11月に行った。
人生経験だけで2〇積んでしまった。
最後の「マリアノ・リベラ」はイチローが満票逃した時に改めて注目されたし、ある意味隠れ時事と言えるかも(こういうのをさり気なく組み込むのが三木さんらしい)。
こうして、念願だった三木さんの「ギャチヌケーーー!!!」を浴びることとなった。
開会前にギャチヌケ集の映像を見せられていたので、もし勝ち抜けたら躍動感出して喜ぼうとは決めていた。
家に帰って映像を確認したら、ぎこちないはしゃぎっぷりで少し恥ずかしい。

7〇3×で狂った歯車、逃した大チャンス
2回戦は7〇3×2人抜け、正直残り5人の時点でどこの組に行っても地獄だったが、1組目を選んだ。
間隔を空けず、珍しく1抜けした勢いを維持したい、という思いもあった。
筆者から見たら他のメンバーは全員格上、姿勢は崩さず挑むだけ。

「『悲愴』」は筆者らしくない短文系スラッシュだったが、これは直前のサークル例会のペーパーで同じ問題を正解していたのが大きかった(その時の出題者も会場にいたので感謝を伝えた)。
『リンゴの唄』の作詞作曲コンビまで覚えていたのに、どっちが作詞だっけと迷った挙句「吉井勇」を「中山晋平」と誤答。
普通に考えたら「作詞・作曲」の順番で覚えてそうなものだから素直に言えば良かった。
ここまで綺麗なクイズができていたが、ここで歯車が狂ってしまった。
既に早々と1人抜けられ、もう1人も4〇まで積まれて焦りもあったかもしれない。
「TKB」は知っていたけど「TKB48」の概念までは知らなかったので、これは何回やり直しても誤答していたので仕方ない。
「応援しているアイドル」で問うなら確かに「担当」だよなあ、「推し」は森羅万象に当てはまるし、冷静に一拍待つべきだった。
こうして初めてのナナサンは1〇3×失格になってしまった。
ただまあ押すべき問題で押したし、正直notローリングを抜けた時点で満足もしてしまったし、後悔はない。
失格になった直後はそんなことをぼんやり考えていた。
ところが、である。
「芸術家の名和晃平が芸妓さんの…」と問題文を聞いた瞬間、思わず頭を抱え、天を仰いでしまった。
初めて現地で観戦した2022年の日本ダービーの勝ち馬で、筆者を競馬沼に引きずり込み、引退まで単勝を買い続けた我が推しの競走馬、「ドウデュース号」ではないか。
目標にしていた大会の壇上で、自分の推しを答える。
クイズプレイヤーにとって一生に一度あるかないかという大チャンスが用意されていたのだ。
それをみすみす筆者は逃してしまった。
それができていたら、誇張なしに筆者は競技クイズから一線退いていたかもしれない。
その後の壇上での記憶はほぼない、あるのは「高麗航空」がスルーになって残念に思ったぐらい。

敗者復活も3問目であえなく撃沈した。
こうして筆者の第25回勝抜杯は、充実感の中で大きな傷を背負い、終戦した。
その後はシンサでお世話になっている方々を応援しながら観戦、野田さんが11年越しのリベンジを果たして優勝した姿はかっこよかった。
本当におめでとうございます。
大会後
今年も懇親会に参加したかったが、「飛び石連休(これも出てたな)」で休みが取れるか怪しく、先に新幹線を予約してしまったこともあり、その日のうちに関東へ帰った。

結局休みが取れた翌日は、生配信の動画を流しつつ、燃え尽き症候群のようにぼんやりと過ごした。
「燃え尽けるぐらい、自分は勝抜杯に向けて取り組んでいたんだ」と実感し、筆記通過&ギャチヌケが一層嬉しく感じた。
この1年、シンサとAlQottsで揉まれた経験は確実に生きた。
でも、あのチャンスを逃したことは一生忘れないんだろうな。
そして、その傷を他の何かで埋めようと、まだ競技クイズを続けることでしょう。
有名アニメの言葉を借りて終わりの言葉としよう。
「そして次のクイズが始まるのです」